2005年08月12日

ワインの歴史 そのA

ロマネコンティの地.jpg今日は雨がしとしと。
お盆には野外イベントがちょこちょこあるので、
雨が降らなければいいなと思うんですが、
カンカン照りもイヤなので、中間の曇りくらいが希望です。笑

先日、バールに行ったんですが、
そこでなんとロマネコンティ1977年ものの瓶を発見!
他にもシャトーマルゴー、シャトーラトゥール、シャトームトンロトシルドなどなど・・・
他にも、飲みたくても飲めないような(金額よりむしろどこで売ってるのか。。。)
そんなワインの、空瓶ばかりがディスプレイされていました!
うーん、すごい。しかもどれもかなりの年代物。

店員さんに聞いてみたら、その店のマスターが隠し持っているコレクションを、
常連さんとたまに空けてるんだとか。。。売り物じゃないそうで。笑
常連さんから一人1万円でロマネコンティを空けちゃったマスター。
太っ腹すぎます!私も常連になろうと決意しました。笑

話がそれてしまいましたね。興奮してしまいました。

ゴール(フランスの当時の国の名前)のワインはローマのワインが伝わったものと言われています。
しかし、一番最初にブドウの木が持ち込まれたのは、
紀元前600年ごろ、シリア・レバノンの地に住んでいたフェニキア人によってだとされています。
彼らは海岸民族で、地中海沿岸の様々な土地を植民地としていました。
その植民地の一つに、マッシリアという土地、
今のフランスのマルセイユがありました。

もちろんそこでワインは造られ、
そこからローヌ河を伝って広がっていきます。
当時のゴールの部族、ビトゥリゲス人にも伝わり、
彼らもワイン作りを始めたと言われています。

しかし、紀元前58年に始まったゴール戦争によって、
ゴールの地はローマの属領になります。
大都市も見られるようになり、ローマ風がゴール人の上流階級で流行ります。
いわゆるガロ=ロマン時代(紀元前〜5世紀頃)です。

その当時、ローマのワイン、枡一杯を奴隷一人と交換して買うほど、
ゴールの金持ちはこぞってローマのワインを好みましたが、
それでは飽き足らずすぐに自国でもワイン造りに取り掛かったと言われています。

しかし、紀元92年、ドミティアヌス帝(ローマ。暴君として有名)の勅命によって、
ブドウの木は半減し、穀物栽培がされることになります。
このとき、プロヴァンス地方のブドウの木は根こそぎ抜かれたと言われます。

この勅令は紀元280年、プロブス帝に廃されるまで続きました。
一度ワインの魅力に取り付かれたゴールの人々にとっては、
この勅令の間もワインを造ることを諦めませんでした。
勅令がなくなってすぐにワイン造りは息を吹き返したのです。

今日は前置きが長くなってしまいました。
また続きは今度にしたいと思います。

ワインの長い長い歴史そのB!
その@へはこちらから

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posted by koji at 08:56| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | お酒のお話 ワイン集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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